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東京地方裁判所 昭和48年(行ウ)67号 判決 1974年6月28日

原告 日産自動車株式会社

右代表者代表取締役 川又克二

右訴訟代理人弁護士 橋本武人

同 小倉隆志

同 伊藤護

被告 中央労働委員会

右代表者会長 平田冨太郎

右指定代理人 馬場啓之助

<ほか四名>

参加人 全国金属労働組合

右代表者中央執行委員長 松尾喬

参加人 日本労働組合総評議会全国金属労働組合東京地方本部

右代表者執行委員長 高山勘治

参加人 日本労働組合総評議会全国金属労働組合東京地方本部プリンス自動車工業支部

右代表者支部長 大野秀雄

参加人ら訴訟代理人弁護士 小池貞夫

同 秋山泰雄

主文

一  原告を再審査申立人、参加人らを再審査被申立人とする中労委昭和四六年(不再)第三八号事件につき、被告が昭和四八年三月一九日付でした別紙命令書記載の命令を取り消す。

二  訴訟費用は、本訴によって生じた部分を被告の、参加によって生じた部分を参加人らの各負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

(一)  主文第一項と同旨

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二請求原因

一  当事者等

原告、参加人らならびに全日産自動車労働組合(以下「日産労組」という。)の組織、人員構成等は、参加人日本労働組合総評議会全国金属労働組合東京地方本部プリンス自動車工業支部(以下「支部」という。)の昭和四八年一月三一日当時における組合員数が九〇名であるほかは、別紙命令書(以下「命令書」という。)理由第1・1記載のとおりである。

二  本件命令

参加人らは昭和四三年二月二二日東京都地方労働委員会に対し、原告を被申立人として、不当労働行為救済の申立てをした。これに対して、同委員会は昭和四六年五月二五日付で、被申立人原告は申立人支部所属の組合員に対し時間外勤務や休日勤務(以下あわせて「残業」という。)を命ずるにあたって支部所属の組合員であることを理由として他の労働組合員と差別して取り扱ってはならない旨の命令(以下「初審命令」という。)を発した。

原告は、初審命令を不服として、被告に対し再審査の申立てをした。しかし、被告は昭和四八年三月一九日付で命令書記載のとおり右再審査の申立てを棄却する旨の命令(以下「本件命令」という。)を発した。この命令書写は同月三一日原告に交付された。

三  本件命令の違法性

本件命令は、原告が支部所属の組合員に対し残業を命じなかったことをもって不当労働行為であるとした初審命令の判断を相当であるとしているが、これは事実の認定および法令の適用を誤ったものであって、違法である。よって、本件命令の取消しを求める。

≪以下事実省略≫

理由

一  当事者等

請求原因第一項の事実は、支部の昭和四八年一月三一日当時における組合員数を除いて、当事者間に争いない。弁論の全趣旨によれば、支部の同日当時における組合員数は九〇名位であることが認められる。

二  本件命令

請求原因第二項の事実と、第三項の事実のうち、本件命令が、原告が支部所属の組合員に対し残業を命じなかったことをもって不当労働行為であるとした初審命令の判断を相当であるとしていることは、当事者間に争いない。

三  原告およびプリンスの交替制勤務と残業の実態

(一)  命令書理由第1・2・(1)記載の事実は、当事者間に争いない。≪証拠省略≫によれば、プリンスにおいてなされていた残業は、業務上の必要に応じてその都度、所属長の業務命令により、あるいは従業員が所属長に申し出てその許可を受けて行なうという方式によるものであったことが認められる。

(二)  命令書理由第1・2・(2)記載の事実は、当事者間に争いない。≪証拠省略≫によれば、プリンスは、原告に吸収合併された当時、生産と販売のバランスがとれずに大量の在庫車をかかえていたこと、そこで、原告は、この在庫車処理のために生産縮小の必要があったので、プリンスを吸収合併した昭和四一年八月一日から昭和四二年一月ころまでの間、荻窪、三鷹および村山の旧プリンスの三工場の製造部門において後記認定のような日産型交替制や計画残業を実施しなかったこと、そして、右の期間右三工場においては、残業は前認定のようなプリンス方式によりなされていたことが認められる。

(三)  命令書理由第1・2・(3)記載の事実は、当事者間に争いない。≪証拠省略≫によれば、原告は、前記三工場における在庫車の減少等にともなって増産体勢をとることにし、昭和四二年二月一日から、右三工場の製造部門においても他の工場におけると同様に日産型交替制と計画残業を実施することにしたこと、この日産型交替制は生産原価を低減させるために生産設備の稼働効率をできる限り高めようとするものであること、計画残業は、現有従業員で毎月の生産計画を達成するには残業が必要とされるところから、この生産計画達成に必要とされる従業員一人あたりの月間残業時間を、従業員の従来の残業就労率を見込んで職場単位に算出し、これを各就労日に割り振る等して、従業員を計画的に日々必要時間数だけ残業に服させようとするものであること、この計画残業が右三工場の製造部門において実施されると、その製造部門のコンベアー作業に従事する従業員のうちから計画残業に服さない者が出たような場合には、他の従業員を補充して作業にあたらせなければならなくなるとともに、この補充体制を整えるのにかなりの手数をかけなければならなくなること、したがって、計画残業に服することの不確実な従業員をこれに組み入れて右作業に従事させるときは、作業の円滑な遂行が阻害され、業務に少なからず支障を生ずることになること、また、製造部門の他の作業に従事する従業員についてみても、右のような計画残業に服することの不確実な従業員をこれに組み入れようとすれば、作業上の支障をより少なくするために、共同作業にはつけないで単独作業につける等の配慮をしなければならなくなること、なお、原告は、計画残業の実施にあたって、従業員に病気等やむを得ない事情があるときにはこれに服さないことを認めているし、これに服さないことがあったとしても、その理由のいかんを問わず、このことにより従業員を処分したりするようなこともしていないことが認められる。

四  本件残業問題発生をめぐる諸事情

(一)  命令書理由第1・3・(1)および(2)記載の事実は、当事者間に争いない。

(二)  命令書理由第1・3・(3)記載の事実は、当事者間に争いない。≪証拠省略≫によれば、原告は昭和四二年三月二二日から同年六月三日までの間に六回にわたって支部と団体交渉を持ったが、この団体交渉においては、団体交渉ルールの設定等についての問題のほか、支部の春闘要求事項である賃上げ(但し、定期昇給を含む。)問題とか合併にともなう賃金体系、退職金等に関する問題等がもっぱら議題とされてきたことが認められる。

(三)  命令書理由第1・3・(4)記載の事実は、当事者間に争いない。

(四)  命令書理由第1・3・(5)記載の事実のうち、原告が、前記三工場の製造部門の支部所属組合員が早番勤務を所定時間で終えた後の必要残業時間に、臨時雇の作業員をあてるなどして作業させていたことを除くその余の事実、原告が右の必要残業時間にリリーフマンをあてて作業させていたことは、当事者間に争いない。≪証拠省略≫によれば、原告は、このリリーフマンによる補充計画を毎月あらかじめ組んだうえで、昭和四二年二月一日以降計画残業を実施してきたこと、なお、支部は、製造部門において日産型交替制が実施される以前から、日産型交替制にともなう遅番勤務のような夜勤には反対であるとの情宣活動を行なってきたことが認められる。

(五)  命令書理由第1・3・(7)記載の事実は、当事者間に争いない。≪証拠省略≫によれば、支部が昭和四二年三月ころから同年六月ころにかけて配布したビラは春闘要求、メーデー参加等に関するものであるが、これには、「会社の残業政策を粉砕しよう。」、「労働条件を合併前に戻せ。」、「深夜勤務の強化、夜勤の早出、隔週夜勤反対。」、「残業、公出……の強制反対。」、「強制残業、深夜勤務はすぐやめよ。」、「残業は自由意思でやらせろ。」等の記載もあることが認められる。

(六)  命令書理由第1・3・(8)記載の事実は、当事者間に争いない。≪証拠省略≫によれば、昭和四二年六月三日の団体交渉において、原告は、計画残業を強制残業であるとしてこれに反対している限り、支部所属の組合員に計画残業をさせるわけにはゆかない旨主張し、支部は、「残業は指示、協力の関係だ。これが一方的な命令服従の関係では反対だ。」と主張していること、また、同年八月二六日の団体交渉において、支部は、「われわれは強制残業に反対しているのであって、基準法に基づく残業には反対していないのだ。」と主張していることが認められる。

(七)  命令書理由第1・3・(10)記載の事実は、当事者間に争いない。

(八)  命令書理由第1・3・(11)記載の事実は、当事者間に争いない。≪証拠省略≫によれば、昭和四三年一月二六日の団体交渉において、原告は、日産型交替制と計画残業は組みあわせになっている一体のものであるとして、その内容ならびに日産型交替制に服した場合に支給される手当等について説明し、支部は、残業問題と夜勤問題は別個の問題であり、日産型交替制にともなう遅番勤務には基本的に反対である旨主張していることが認められる。

(九)  当事者間に争いない事実と≪証拠省略≫によれば、次の事実が認められる。

1  原告は、初審命令が発せられた後の昭和四六年六月一八日から昭和四七年四月一八日までの間に、八回にわたって支部と団体交渉を行ない、日産労組所属の組合員と同様に、前記三工場の製造部門の支部所属組合員は日産型交替制と計画残業に服し、これらが実施されていない間接部門の支部所属組合員も、原告において残業を命ずることにするので、これに服するよう申し入れた。これに対して支部は、製造部門における日産型交替制にともなう遅番勤務には反対である旨主張するとともに、間接部門における残業についても、支部所属組合員のうちには残業をするほどの量のない作業あるいは質の低い作業に従事している者がいるとして、この作業の量あるいは質に関する問題が解決されない限りこれを受け入れることはできない旨主張した。そして、原告と支部との間に右の問題を解決するための交渉が持たれたのであるが、結局意見の一致をみることができなかったので、間接部門における残業についても合意に達しなかった。

2  原告は本件命令が発せられた後の昭和四八年四月一九日に支部と団体交渉を行ない、前記三工場の製造部門の支部所属組合員は日産型交替制と計画残業に服するよう、ならびに、仮に日産型交替制にともなう遅番勤務には応じられないとしても、計画残業には服するよう申し入れた。これに対して支部は、遅番勤務には応じられないが、計画残業に服するか否かについては支部所属組合員の自由意思によるべきであるということを前提として、計画残業に協力する旨回答した。そこで、原告は、この回答についてはともかくとして、同年六月四日から製造部門の支部所属組合員を計画残業に組み入れることにした。しかし、同日以降昭和四九年一月までの間における製造部門の支部所属組合員の計画残業についての残業就労率をみると、コンベアー作業が行なわれていない荻窪および三鷹の両工場の場合には他の従業員のそれより六〇パーセント位低く、コンベアー作業が行なわれている村山工場の場合には他の従業員のそれより五〇ないし七五パーセント位低く、そのために、右三工場の製造部門においては前認定のような業務上の支障が現実に生じている。

五  不当労働行為の成否

(一)  原告は昭和四二年六月三日から昭和四三年一月二六日までと、昭和四六年六月一八日から昭和四七年四月一八日までの間の支部との団体交渉において、前記三工場の製造部門の支部所属組合員は計画残業あるいはこれと日産型交替制に服するよう明示的あるいは黙示的に申し入れた。これに対して支部は、日産型交替制にともなう遅番勤務については明確に拒否した。また、右団体交渉の際における支部の計画残業に関する主張、発言等は、その具体的内容および支部が昭和四二年三月ころから同年六月ころにかけて配付したビラの記載内容、支部所属組合員が従来行なってきたプリンス方式の残業と計画残業との差異等ならびに≪証拠省略≫によれば、計画残業をもって強制残業である等として、これを拒否した趣旨のものであると認められる。それに、日産型交替制と計画残業は右三工場の製造部門における実施以前から原告の他の工場において既に実施されていたものであること、日産型交替制と計画残業の内容とその関連性、これらを右三工場の製造部門において実施しようとした理由、右三工場の製造部門の日産労組所属組合員はこれらに服していたこと等からすれば、原告が支部に対して、その所属組合員は計画残業あるいはこれと日産型交替制に服するよう求めたことについて、首肯し難いような点はみられない。さらに、支部が計画残業に反対しているにもかかわらずその所属組合員をこれに組み入れるならば業務に支障を生ずるおそれがあると原告が懸念したとしても、それは無理からぬところであり、このことは、原告が右三工場の製造部門の支部所属組合員を現実に計画残業に組み入れた昭和四八年六月四日以降の状況からも明らかに裏付けられる。加えて、原告は、昭和四六年六月一八日から昭和四七年四月一八日までの支部との団体交渉において、右三工場の間接部門の支部所属組合員も残業に服するよう求めたが、支部からの要求であるその所属組合員の従事している作業の量ならびに質に関する問題について意見の一致をみることができなかった結果、この間接部門における残業についても合意に達しなかったのである。そして、これに関して、原告の執った態度に納得し難いところがあったことを認めるに足りる証拠はない。そうだとすれば、他に支部の運営への支配介入を企図したものであることを裏付けるような特段の事情のない限り、原告が右三工場の製造部門の支部所属組合員に対しては昭和四二年六月三日以降、間接部門の支部所属組合員に対しては昭和四六年六月一八日以降残業を命じなかったことは、支部が自らの自主的な判断により原告の申入れを拒否したことの結果によるものとみられるから、不当労働行為を構成しない。

(二)  前認定の命令書理由第1・3・(2)、(5)第三段記載の事実、ならびに当事者間に争いない命令書理由第1・3・(6)記載の事実(但し、日産労組所属組合員の発言内容を除く。)は、原告が昭和四二年六月三日または昭和四六年六月一八日に至るまで前記三工場の支部所属組合員に残業を命じなかったこととの関係においてであるならばともかくとして、原告がそれ以後においても残業を命じなかったこととの関係において前述のような特段の事情にあたるとみることはできない。

前認定の命令書理由第1・3・(4)後段記載の事実および原告が昭和四二年二月一日以降、右三工場の製造部門の支部所属組合員を早番勤務にのみ組み入れ、右支部所属組合員に残業を命じず、右支部所属組合員が早番勤務を所定時間で終えた後の必要残業時間に、リリーフマンをあてて作業させていたという事実も、前段に述べたところと同断である。ことに、右各事実に関しては次のような事情、すなわち、原告は、同年一月にはともかく支部の存在を認め、その後は支部と団体交渉ルールの設定等について折衝したり、また同年三月二二日から同年六月三日までの間には、もっぱら支部の春闘要求事項であり、基本的な労働条件にかかわる重要事項でもある賃上げ(但し、定期昇給を含む。)問題とか合併にともなう賃金体系、退職金等に関する問題等について団体交渉を行なっていたこと、支部は、右三工場の製造部門において日産型交替制が実施される以前から、日産型交替制にともなう遅番勤務のような夜勤には反対であるとの情宣活動をし、同年三月ころから同年六月ころにかけては、前認定のとおりの記載のあるビラを配付していたこと、ならびに、原告において、支部が計画残業に反対しているものと考えたうえ、この反対にもかかわらずその所属組合員を計画残業に組み入れるならば業務に支障を生ずるおそれがあることを懸念し、リリーフマンを作業にあてたこと自体にはそれなりの理由があるし、リリーフマンを作業にあてるにあたっては、このリリーフマンによる補充計画を毎月あらかじめ組むという、作業の円滑な遂行の観点からすれば妥当な方策を講じていること等の事情がある。そして、このような事情があるということは、原告が同年六月三日または昭和四六年六月一八日に至るまで右三工場の支部所属組合員に残業を命じなかったこととの関係においては格別、少なくとも、原告がそれ以後においても残業を命じなかったこととの関係においてみる限り、右各事実をもって前述のような特段の事情にあたるとみることをより一層困難ならしめる。

命令書理由第1・3・(9)記載の事実については、≪証拠省略≫にこれに添う記載部分があるが、右各記載部分は信用できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

以上のほか、原告が昭和四二年六月三日または昭和四六年六月一八日以降においても右三工場の支部所属組合員に残業を命じなかったことについて、前述のような特段の事情を認めるに足りる証拠はない。

六  結論

そうすると、本件命令は、原告が支部所属の組合員に対し残業を命じなかったことをもって不当労働行為であるとした初審命令の判断を相当であるとして、原告の再審査の申立てを棄却しているから、違法として取消しを免れない。

よって、原告の本訴請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担については行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第九二条後段を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宮崎啓一 裁判官 安達敬 飯塚勝)

<以下省略>

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